mayuu's blog

日々の中で感じること。

自分の声を探る

自分の声を探る

 

自分の声に耳を澄ませていれば

そのときそこに

生きる手応え、幸せがある

 

 

人生

楽しんだもん勝ち

あるものを数えたもん勝ち

味わったもん勝ち

実験したもん勝ち

生きたもん勝ち

 

 

オープンハートの限りを尽くして

ガシガシ生きるのも

晴れやかで潔くて爽やかで

良いのではないか

そう思った新年でした。

 

年の瀬ですね。

この時期になると、わたしは思春期モードになります。

というのも、母親がやたらとコンタクトを取ってくる時期だから。

いわゆる旧家の本家筋、ってところで育ったわたしは、長女で、

ふわふわの赤ちゃんの頃から、親戚、家族、というものの意味合いが、ハートベースのものではなく、役割、責任という気を帯びた世界で育ってきました。

ゆえに、わたしは

背負わされる、ということに過剰に反応を示します。

年末帰ってきたらあれしてほしい。

この日に〇〇家が帰ってくるから。

と、わたしに打ち合わせのように報告してくる母。

そうすると、

わたしの内側から、忘れてた真っ黒な塊が

浮上してくるのです。

ふう、またか。と、

奥底からその訴えをするわたしは

ハイティーンの少女のわたし。

その頃から、周りの友達は年齢に然るべきイベントをこなしているのに自分はどこか違う世界にいる。

なんでこんなに友達と会うことに罪悪感を感じなくてはならないんだ。

と、誰に言っても分かってもらえない茶色い重みを抱えていた。

その時の反骨精神むき出しの自分と向き合うのが毎年のこと。

 

親の難色。

親の難色は傷つくけど
親の見張りは傷つくけど
とっくの昔にわたしはいい年なんだよ

親の難色、見張りにかまってたら
人生終わっちまうよ
親を泣かせたり
親を怒らせてでも
親を捨ててでも
わたしはわたしを生きなければならない。

 

今朝はそう再確認した思春期な朝でした。

ハイティーンのわたし。あなたに報いるように生きるからね。わたしはわたしの軸を誰にも明け渡さないからね、と。

 

 

 

奈良

奈良には何かがある。

それが何かは分からない。

でも何かがある。

と感覚だけで言いたい何かがあって、

それをいつかちゃんと自分の言葉で掴むぞと

常々考えているんですが

未だにそれを的確に表す言葉は見つかりません。

 

わたしは地元が奈良で
今は京都で暮らしているのですが

月に一度は近鉄特急に揺られて帰省します。

 

近鉄奈良駅に降り、

改札を出たときに感じる何か。

 

クリスマスとかホリデーシーズンなんて言葉は

商業的には確かに存在するけれど

ここの空気には、そのムードは殆ど届いとりません。

ここは、そんなことより

今日は冬至やな、ということを思い出させる空気です。

 

書店も喫茶店も、いつも人口密度は少ない。

いわゆるモールは別です。人だらけ。

でもこの奈良駅界隈には、独特の静けさがあります。

私はここの独特の静けさに

奈良のエッセンスを感じます。

 

茶店ではおじいさんたちの

声の大きな会話や、でかいあくびが響くが

それもなんにも邪魔にならない。

 

昔からある書店の店員さんが
変わってないことにも
密かに気づいたり。

 

友人知人はもう殆ど県外に出ていて居ないけど
ここには
空気の中にわたしの一部が共鳴するものがあって、それは簡単に言えば懐かしさ。

子供時代から続く何か。

自ずと、おばあちゃんから受け継いだ喋り方が発動しだす感じ。

 

畑の野菜。祖母の糠漬け。梅干し。七部付きの米。

どんぐりを拾ってポケットに入れたり。

銀杏の葉っぱで栞したり。

そういう何か。

 

前にラジオで河瀬直美さんが

奈良にあるもの、それは“菌” だと仰っていました。

 

私が言いたくてウズウズするそれは、

“菌”に一番近いことなのだと思います。

 

目に見えない。けど確かに存在していて、生きている。

それは場の空気を作っている。

 

しんとしているのに

人間の本能が寂しくならない何か。

生命のエネルギー。

普遍的なもの。

土の濃さ。

 

 

以上、地元びいきでした。

女性性と生命力、puntoeの下着

良いと思うものは伝えたい。

 

ということで

良いもの紹介シリーズ

今日は女性にとって大切な、下着を。

 

健康にいいということと、おしゃれということを両方兼ね備えた稀有な下着。

 

puntoe

https://puntoe.jp/

 

 

もうね。めっちゃくちゃ可愛いです。

 

 

ラグジュアリーで

おしゃれで

かわいくて

どこか外国ふうで

品よくセクシーで

気分が上がる

=女性性を楽しむデザイン

 

それに加え

 

締め付けない構造だからリンパの流れや血流の邪魔をしない

絹などの天然素材だから、冷えとりなどされてる方はご存知、体を冷やさない

=女性の体にやさしいデザイン

 

 

この両方を叶えてくれてる存在って

なかなか出会えないんですよね。

 

 

わたしはこれを昔、蝶々さんが紹介されていて知ったんですが

これは、見つけた!!と即購入し、

それ以来ずっとファンです。

 

 

ショーツの型も色々あって楽しめるし

キャミソールの肩紐はリバティ柄で、色味のセンス抜群。

ニットの襟元からチラッと見えたとしても下着っぽくないからいやらしくないし、むしろ可愛いくらいだから気が楽。

なにより

付けてる自分の気持ちが一番上がるんですよね。

 

 

締め付けないことで女性特有の不調も改善され、

心も生命エネルギーも蘇ってくる。

 

 

女性として体を大事にしながら、

おしゃれもしたい。

そんな方にオススメです。

必要な方に届くと嬉しいです。

 

 

 

100パーセントの安堵で食べられるおやつ

体にやさしいものを食べたい方に

私的にオススメのおやつの紹介をします。

 

それは

まっちさんのおやつ。

 

https://www.mattin.jp/

 

https://www.m-karintou.com/

 

てかもう、すごく有名ですよね。

 

 

まっちんさんのおやつは

何と言っても素材が

素晴らしいです。

 

 

妊娠中、授乳中の友達には

お祝いの時などにいつもプレゼントしています。

 

 

食べることにあまりルールを持ちすぎると

時としてかえって苦しくなったりすることもあるので

あまり深刻にならずに

添加物も農薬も、楽しく食べるのがいちばんだとは思っています。

 

ただ、それでも

やっぱり本心では、

食べるときは100パーの安心に包まれてそれを口に運びたいし、それは至福そのものだと思います。

 

 

純度の高いものを。

エネルギーアベレージの高いものを。

大地の生命エネルギーの宿ったものを。

 

 

新しい時代の縄文エネルギーここにあり。みたいなイメージ。

 

 

そんなおやつ。

 

見えなくても、ある

誰がどんな評価をしようと関係ない

 

あなたの素晴らしさは
ずっとそこに存在している

 

自分に自信が無いときというのは
自分の素晴らしい輝きを
見失っているだけ
見つけられなくなっているだけであって
それはずっとそこにある

それは事実です。

 

見えなくても、ある。

 

なんだか好きになれない自分の姿が

イメージの中にいるとしたら

それは

自分の目線で見たものではなく

誰かの目線、それは親だったり、もしくはその土地だったり。

それらのフィルターを通して

見たもの。

 

自分の視点だと思いこんでいたそのフィルターは
他者の視点が自分と一体化するくらいに

くっついていたもので
それはニセモノだったんだと

気付くこと。

 

一旦気づいちゃえば、

そこから

他者も場所も関係のない

あなた本来の

鳥肌が立つほど美しい姿が

立ち現れます。

 

 

わたしがわたしを素晴らしいと気づく状態。

それは条件付きとかではなくて、

どんな時でも、素晴らしい。

そういう視点が戻ってくると、

とっても楽になる。

 

このことに

この人生をかけて
真剣に取り組む

 

そして
自分の素晴らしさを思い出し

自分を尊重、自立しながら

この人生を生きる。

 

もしも今

自分を好きになることを諦めてしまいたくなるくらいしんどかったり、

自分に愛情が湧かないことが辛いと苦しくなったりしていても

 

できます。

できるんです。

 

 

一朝一夕には行かなくても

わたしはわたしを愛すると決めたと

 

日々わたしなりの経験、展開のなかで

グラグラと

マグマのように

突然熱い思いが溢れてきたので

表現したいと思いました。

 

 

読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 

 

思いっきり今の生を味わう

命が燃えているというこの財産を
望むと望まざるとにかかわらず
あなたが得ているこの生きているという事実は
とっても豊かなものでして

貨幣なんて比べ物にならないくらいの

贅沢です。

疲れたらしっかり休んで
今、この今にだけ存在すれば
安心の中に居られる感覚になってきて
生命エネルギーは湯水のごとく
こんこんと湧いてくる。

本当はどうやら贅沢な権利を得ているらしい
ということを
ふと気づいたので書きました。

時折思い出せると
日々の中での小さなことでも、
後悔のない選択ができたり、
本当にやりたいことに
着手できたり
するのだと
思います。