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自分を生きる

主に直感日記。

変化は愛

生きていれば、変化があります。

変化は、新しい景色を見せてくれます。

いま、たとえ

何一つ動いていない、動く兆しもない、

と感じる景色が目の前で繰り広げられているとしても、必ず何かは変化している。

 

変化は、それがどんな景色でも、愛です。

 

 

昼間は様々な外からの刺激があって、

とてもそうは思えないときがあるとしても

 

夜、お風呂に入ってるときなどに

生きてるだけで愛の中にいる

と、ふと確認できたら

 

 

その時間は

 

あなただけの(わたしだけの)

財産です。

 

 

 

思いつくままに書きました。 

 

わたしはわたしのことを

良い詩に出会いました。

 

ゲシュタルトの祈り


私は私のことをします
あなたはあなたのことをしてください

私が生きているのは
あなたの期待に応えるためではありません

あなたもまた、私の期待に応えるために
生きているのではありません

あなたはあなた、私は私

もし、私たちの心が通じ合わなくても
それは仕方のないことです

そして、私たちの心が
たまたま触れ合うことがあれば
それは最高に素晴らしいことです

 

I do my thing and you do your thing.
I am not in this world to live up to your expectations,
And you are not in this world to live up to mine.
You are you, and I am I, and if by chance we find each other, it's beautiful.
If not, it can't be helped.

 

byフレデリック パールズ

 

フレデリック パールズは、ゲシュタルト療法という心理療法を創始した、ドイツの精神科医だそうです。

 

詳しいことはわかりませんが、

色々検索していてこの言葉に出会ったのも何かのご縁。

 

人と関わっていくときに

自立したあり方について、

そのヒントになる

わかりやすい表現だとおもいました。

 

こうあれたらいいなという意味も含めて

ここにメモ的に書いておこうとおもいます。

 

体の向く方に従ってみれば

今朝は

目覚めからわりと力が余っていたので

 

いつもの出勤時間より早くに外に出たくなりました。

 

最近は寝ても寝ても眠い日が続いていたので

珍しいな、と思いつつ。

 

そして

最近なんとなく気が乗らなくて行っていなかった、

通勤途中にある、ある決まったスタバに

これまたなんとなく行きたくなり、寄りました。

 

そしたら、

いつもよくしてくれている仲良しの店員さんに

久しぶりに会うことができました。

 

彼女は大学生で就活中のため、


最近はそんなにバイトを入れていないことは

知っていたので、

 

この

狙ったわけでもないのに

会えるタイミングの良さに朝からニンマリでした。

 

そして

 

やっぱりそうか

 

と思いました。

 

 

体のセンサー

つまり直感には、
その時点での想定を超えた
理由がある。

 

 

今日はそれが言いたかったのです。

 

そして、我ながら良いセンサーしてるな、と思いました。

 

 

体は知っている、ということを

疑り深いわたしでも

確信に至るに充分な

そんな流れ、出来事でした。

 

出来事そのものはシンプルなラッキーであっても

そこに

嬉しい!

があったのが

わたしと、体のセンサーの

一対一の関係が深まった瞬間でした。

 

  

朝から

気持ちが上がる人の顔が見られて

おしゃべりできることの

豊かさといったら、ないですね。

 

 

しかもチョコくれて、

それ、気になってたやつ。

 

 

今日のdelightでした。

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自分のdelight収集

自分のdelight(=喜び)に

素直に
素直に。

それは人生の景色となる。

 

わたしのdelightはなに?

 

思考が過去や未来彼方に行ったら

この質問を繰り返しています。

 

自分の中心に戻してくれます。

 

 

 

delightという言葉には

なにか

喜び、という意味以上に

満足というか

納得というか

静かで確かな快、

文句なし

そういう感覚を連想させるような気がして、

最近気に入って使っています。

 

 

 

正しい解釈ではないのかもしれないけど

その状態にアクセスする装置として

いま、とても有効です。

 

 

そして

めちゃくちゃ個人的な

delightなモーメントを

日々

拾って

そうなんだねと確認して

そこに力を与えていく。

それが楽しい。

 

珈琲タイムとか

窓の自然光のはいり具合がいい

とか

 

そういう

日常の些細なシーンから

 

ひとに嬉しい言葉を言われた、とか

ダイナミックに心が動くことまで。

 

地に足つけながら

甘美なことにハイであれ。

 

 

そんなことばかり考えています。

 

 

 

 

存在が救ってくれること

 

わたしは今日

体調が優れなくて

仕事中
胸が痛くなり始めて
落ち着かなくなりました。

 

どうしようかな

と密かに困っていたら

 

通路挟んで横の席の女性、妊娠してる彼女が
席についた瞬間、とても楽になりました。

 

 

 

その女性は普段からとてもリラックスしていて

マイペースで

愛想笑いしない

はにかみもしない

でも真顔は怒っていない

飄々としている

声も大きくも小さくもなく

話を聞いてるとどうやらサラッと上司にタメ口で(たまに耳を疑う)

でもパソコン関係がものすごく得意らしく

どうやらかなり頼りにされていて

仕事もとても出来るっぽい

美人なんだけど、ショートヘアの寝癖がピンと跳ねてて、そのまま気にせず仕事してる姿が

なんとも自然体で力抜ける

 

 

 

大丈夫だよ
たいしたことない
なんか気にしてんの?

ほっときゃいいのよ

まじめなひとはよく頑張ってるねー

 

そんなセリフが聞こえて来そうな感じの人。

 

 

その人の存在まるごとから出てる

なんとも言えない頼もしさに

救われました。勝手に。

 

 

 

彼女の元々もってる性格から醸し出す雰囲気も、わたしにとって良く作用したのかもしれませんが

 

それ以上に

妊娠している女性特有の

この時期限定の光の厚みってあると思うのです。

すごい。

 

 

パソコンが密集していて

電話の鳴り響く殺伐としたオフィスの中で

彼女だけ、いま、野生優位の状態でそこにいるから、

安心するのだなーと

思ったのでした。